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投稿元記事:
浮浪・逃亡についてDB 投稿者:Z.K
 2009年09月16日(水) 18時45分32秒 / ID : 8/4Fp5LM
  これによれば、この政策の目的は浮浪・逃亡人を戻すことです。〔史料2 A( )の箇所について、浮浪・逃亡人を本貫地へ戻す方針から現実の居住地への編入という対策への転換という解釈もありますが、最近では栄原氏と同様に本貫地へ戻すための政策という説が有力なようです。(註3)吉村武彦『日本古代の社会と国家』 岩波書店 1996年 P180 及び西別府元日『律令国家の展開と地域支配』 思文閣出版 2002年 P69〜P71参照〕僕も、律令国家は浮浪・逃亡人の帰郷を目指していたと考えますが、移動先で徴税しても本貫地へは戻らずに別の場所へ逃亡してしまう可能性もあると思います。さらに、本貫地と浮浪先の両方で徴税する場合、本貫地では五保内の農民及び親族が代輸することが戸令に定められていますので、浮浪人が罰則として二重に徴税されるわけではないと思います。したがって、浮浪人の故郷に残った農民の負担が重くなり、さらなる浮浪・逃亡を招く危険があるのではないかと考えます。現時点では未発見ですが、いつかこの対策が招いたと考えられる浮浪・逃亡の実例を発見したいと思います。一方で、浮浪・逃亡者がでないように五保内で相互監視が強まる可能性や浮浪・逃亡先が不明でない限りは税収の確保という点ではある程度有効であると思います。また、除帳の停止が税の軽い畿内で行われたのは、浮浪・逃亡人の保の過重負担の防止を考慮したことや畿内の税収の確保が重視されたことが一因ではないかと思います。史料2のB( )の箇所は、国司・郡司に善政を求めています。特に、飢餓・寒冷による死者が十人を超えた場合は解任するとしている箇所には律令国家の強い決意が表われていると考えます。C( )の箇所は巡察使の派遣を述べています。B( )及びC( )の箇所には、律令国家の儒学的な思想が表れていると共に、律令国家の国司・郡司への不信感・地方政治の乱れを示していると思います。僕は、史料1は、律令国家(中央政府)が農民と国司・郡司(地方政府)の双方に不満を持っていたこと、律令時代の社会的摩擦は律令国家と農民という単純な図式ではなく、律令国家(中央政府)、国司・郡司(地方政府)・農民が複雑に関係していたことを示していると考えます。


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