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学の掲示板


投稿元記事:
無題 投稿者:うさねこ
 2007年05月01日(火) 12時55分07秒
   「死ぬことと見つけたり」を読ませていただきました。
   私達は憧れとしての武士道が強すぎて、戦争の本質をとらえにくい面があると思います。しかし武士道は本当は丈庵さんのように多面的なもので、上司への諫言など、死を賭けても愛情を貫く、ということで、そういう意味では恋愛も一種の武士道になりうるのですね。
   私達が武士道を勘違いして理解しているのはたとえば、武士道を「正面攻撃」の精神と勘違いしている人が多いということです。たとえば今年の大河ドラマではないですが、孫子の兵法にみられる戦争の方法論は、「正面攻撃」論とは全面的に矛盾します。しかし矛盾するという捉え方自体が矛盾しているのですね。情報戦や調略を駆使する戦い方を「ずるい」というような言い方が武士道というのは、完全な武士道への誤解というべきでしょう。武士道は戦争の方法論ではないのですね。
    第二次大戦の日本軍は情報戦を疎かにして、正面攻撃的精神が多くなり、連合軍の情報戦戦術・調略にいろんな面で屈した面があります。「あれはアメリカの謀略だ」というようなことをしきりにいう人が保守革新問わず大勢いますが、謀略こそが戦争・戦争にかかわる政治の本質だということを忘れさせるもの、戦争とは清く正しいものだという認識があるからこそこういう勘違いをするわけで、そこに武士道への奇妙な誤解があるのではないかと思います。
    正しい武士道を発揮した20世紀間的人物は、たとえば終戦時の首相の鈴木貫太郎さんですね。昭和20年4月、枢軸国への勝利を目前にしてアメリカ大統領ルーズベルトが急逝します。鈴木首相は反対を押し切り、ラジオ放送で「我が国の武士道には、最も激しく戦っている相手の敵を愛する、という精神があります。今、アメリカが我が国に対して優勢な戦いを展開している背景には亡くなられた大統領の優れた指導があったからです。私達はアメリカ人の深い哀しみに謹んで弔意を表し、しかしあなた方の植民地主義に対してはより一層激しい戦いを展開する所存であります・・・」という放送をおこないます。一方、包囲されたベルリンからはゲッベルス宣伝相の「悪魔の手先、戦争犯罪者、ルーズベルトが死に絶えた」という放送が、やはり全世界に流れています。「・・・東洋の小さな国には世界で最も偉大な精神が存在する。あなた方ドイツ人は鈴木首相の放送について、どう考えますか。どんなに絶望的状況になっても、人の死というものへの品性と愛情があるということ、これが日本人とドイツ人の最大の違いといえましょう」と、ドイツに亡命していたトーマス・マンは祖国への放送で語ったといわれています。武士道というのは戦争の方法でなく、人間の死にかかわる品性と愛情の問題である、ということを、この鈴木首相のエピソードは示しているといえましょう。
  


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