| 投稿元記事: 返信:無題 投稿者:丈庵 2007年05月07日(月) 19時57分55秒 Z.Kさん、ありがとうございます。 最後の部分で、古代社会・経済を考える難しさが例としていくつか挙げられていて、確かにそこは非常に興味深い点だと思われます。体制側は、従来の体制(在地首長制)を利用する。在地首長制側としてもそのまま新たな波に飲まれてしまっては生きる手立てがなくなる。両者のぶつかる所があったのではないかと想像に難くありません。 調査研究を進める上では、大よそこうでは?というゴール地点を見据えて進めるものではありますが、その途中にゴールが変わることは多々あります。むしろ新しい地平が開けて、見方も広がったと喜ぶべきではないでしょうか! うさねこさん、ありがとうございます。 武士道の捉え方として、昨今はあまりにきれいに捉えすぎなのでは?という意味で記したものだったので、まさしくうさねこさんのおっしゃるとおりと思います。 武士道、大和魂、神風などという言葉に最後は逃げてしまうというのは、考えることを、工夫することを放棄することにもなるのではないかと思え、そういった点では明治時代くらいまでの新しいものを取り入れて行こうという精神と、大きくかけ離れていると思います。日本海海戦の秋山真之は神には頼らなかったわけですし、到底きれいごとで通じるレベルのお話でもないように思います。 そういった諸々について、少しでも見聞を広めた上で武士道の言葉を使うならまだしも、軽々しく扱うということが、これは単純に僕の好き嫌いですが、嫌なわけです。給料も土地じゃないわけですし、現代にその精神を軽々しく蘇らせようとしたって、無理というものです。であるならば、ある程度知識を身につけてもらいたいな、と思う次第です。 |