| 投稿元記事: 銀閣と東大寺 投稿者:Z.K 2007年06月30日(土) 19時21分26秒 / ID : YMNRecZg 奇妙な題名になってしまいましたが、歴史思索「義政から時代論」を読んで思ったことを書きたいと思います。 慈照寺銀閣に銀箔が貼られていないことを論じる時、まず貼る計画だったかどうかを考える必要があると思いますが、足利義政は銀箔を貼りたかったのだが当時の室町幕府の財政状況から断念したと仮定した場合、義政の政治が問題になると思います。そして、@歴史は主に政治によって作られる(動かされる) と考えた場合は、応仁の乱を招くなどした「足利義政が悪い」という意見が成立すると思います。次にA歴史は社会・経済状況により大きく左右される と考える場合は、政治も社会・経済に大幅に制約されるわけですから、単純に「足利義政が悪い」とは言えないと思います。僕は、基本的にAの立場で丈庵さんと同じように「足利義政が悪い」とは言えないと思います。室町幕府は、基本構造自体が弱体であり将軍権力の弱体化と守護大名の成長は避けがたかったと思います。しかし、銀閣に銀箔が貼られなかったのがほぼ必然であるとするならば、奈良時代の東大寺・東大寺大仏造営も必然であったのか?という疑問がおきました。東大寺・東大寺大仏造営は、現代の視点だけでなく同時代の橘奈良麻呂にも批判されるなど民衆への重い負担を強いました。歴史は、社会・経済により動かされる・歴史上の大きな出来事は時代の流れであると考えるとこれも政治の横暴・独善ではなく避けがたい事態であったとなるのでしょうか?(個人的には、避けられたと考えたいですが。) また、銀閣に銀箔を貼らなかったことは無理なことをしなかった(あるいは、無理を小さくした)という点で足利義政の数少ない善政と言える気もします。幕府を弱体化させたことは失政としても、苦しい経済状況の中で銀箔を貼っていればさらなる失政となっていたと思います。一方、聖武天皇は、大仏の表面に金を塗ったためにさらに人民の負担を大きくしたと思います。財政上の問題だけでなく、金を塗るために大量の水銀が使われ、労働者の健康にも悪影響があったと思います。 |