[書き込み一覧を表示]

学の掲示板


投稿元記事:
運脚について@ 投稿者:Z.K
 2008年02月23日(土) 14時04分41秒 / ID : vDFsdMzI
  古代民衆の困窮の中で、運脚についての現時点での調査結果です。『岩波 日本史辞典』は運脚について次のように述べています。「律令制において、調庸などの貢納物の地方から中央への輸送に、国司・郡司に指揮されて従事した者。担夫・脚夫とも。徒歩で物資を担いで輸送する。調庸を納める戸が運脚とその食料を出した。正税で交易された進上物の運脚には国司が食料を支給した。724(神亀1)以後は、舂米運京にも公粮を支給。」〔註1(監修)永原慶二『岩波 日本史辞典』岩波書店 1999年 P118引用〕 僕が注目しているのは、第1点目に運脚の疲弊が問題となり、改善策が取られていったにもかかわらず、調庸運脚の食料自己負担制は継続されたことです。第2点目として、正税で交易した進上物や舂米の運脚には食料が支給されたということは、調庸運脚にも国家による食料の支給が可能であったのではないかということです。前に書いた田租の使用状況はさらにその思いを強くさせます。
  続いて、運脚の疲弊と改善策を示した史料を幾つか検討したいと思います。
  史料@(『続日本紀』712年10月条)
  「乙丑、詔して曰はく、「A(諸国の役夫と運脚の者と、郷に還る日、粮食乏少にして、達ること得るに由无し。)B(郡稲を割きて別に便の地に貯へ、役夫の到るに随ひて任に交易せしむべし。また、行旅の人をして必ず銭を齎ちて資とし、因て重担の労を息め、亦銭を用ゐる便を知らしめよ)」とのたまふ。」[註2(校注者)青木和夫・稲岡耕二・笹山晴生・白藤禮幸『続日本紀一 新日本古典文学大系12』岩波書店 1989年 P189引用 英字・( )引用者]
  A( )の部分は役夫・運脚が帰途の食料が欠乏して苦しんでいると述べています。これと同じような現象が平城京造営の役民で発生しています。(史料『続日本紀』712年1月条参照)僕は、律令国家による課役特有の民衆への打撃として交通が未発達な中で遠距離移動を強いられる点があると思います。−僕は、単純に税率で表せない負担としてこの点に注目しています。対策として、B( )の箇所で旅人のために郡稲を用意し、旅人は貨幣を持つようにと述べています。しかし、これでは郡稲は貨幣による購入であり、役民・運脚の食料が自己負担であることに変わりはなく、大きな改善は期待できないと思います。B( )の後半部分で食料を持つ重さが軽減されると述べていますが、僕はこの対策の効果は限定的であったと考えます。この後、繰り返し運脚の改善策が『続日本紀』に表れることもそれを示していると思います。次の改善策については、次回に投稿したいと思います。
  


投稿者: メールアドレス:
内容:






eucaly.net FreeBBS Version.3.0.0 / By eucalyptus. 2002