[書き込み一覧を表示]

学の掲示板


投稿元記事:
浮浪・逃亡についてC 投稿者:Z.K
 2009年09月16日(水) 18時03分04秒 / ID : 8/4Fp5LM
  ※加筆・修正を繰り返す内に随分長くなってしまいました。返信は急ぎませんので、時間がある時に御覧になって下さい。
   律令制は中国から導入したものですが、隋・唐の均田制と日本の班田収受制を比較した場合、かなり制度的に異なっていると思います。どちらも一長一短があると思いますが、豪族の大土地所有を抑えて国家が直接的に土地と人民を支配することを目指すという点では共通性があると思います。僕は、次の史料には農民の最低限の生活を保障し税収の確保を目指すという班田収受制の目的がよく表れていると思います。
  史料1(養老律令 田令24)
  「A(凡そ田授はむことは、先づ課役に、後に不課役に。)B(先づ無きに、後に少きに。先づ貧しきに、後に富めるに)。」(註1)(校注者)井上光貞・関晃・土田直鎮・青木和夫『律令』日本思想大系新装版 岩波書店 1994年 P245引用 英字・( )引用者
  A( )の箇所は、班田収受の際、まず課役を負担する者に給田し、後に課役を負担しない者にも給田することを述べています。これは、税収の確保のためであると考えます。B( )は、給田を田の無い者・貧しい者を優先して行うことを定めています。これは農民の生活基盤の確保と階級分化防止のためであると思います。
   しかしながら、律令国家は支配下の農民と徴税のための摩擦が生じるだけでなく、自らの勢力を拡大したい有力者とも対立が生じることになると思います。さらに、律令国家は自らの基盤強化のためには農民から徴税しなければならないが、それが行き過ぎると農民の生活を破壊してしまうのでジレンマを抱えていたと推測します。そのために、有力者や農民に統制強化と懐柔策が繰り返されることになったのだと考えます。
   例えば、715年は国家統制の強化が目立ったと思います。この時期の国家の律令体制下で生じた矛盾を解決するための基本方針は、社会経済に対する国家統制・国家介入の拡大だと思います。それは、土断法・10月の陸田活用の詔・郷里制(僕は、律令国家が土断法により浮浪・逃亡人からの徴税を強化したのに加えて、地方行政制度自体を強化して効果的に徴税しようとしたのだと思います。ただし、郷里制は717年との説もあります。)等に表れていると思います。これら一連の政府介入強化策は、単純に国家権力の強化を目的にしたものではないと推測します。土断法が出された715年5月の勅も、農民からの徴税強化だけでなく、国司・郡司にも善政を求めて地方政治への統制を強めるものであったと思います。


投稿者: メールアドレス:
内容:






eucaly.net FreeBBS Version.3.0.0 / By eucalyptus. 2002