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「クルドの肖像」書評 投稿者:宮田律
 2004年02月21日(土) 22時29分52秒
  朝日新聞「クルドの肖像」取材班著「クルドの肖像」(彩流社、2003年12月)
  
   本書で紹介されるアハマド・マフムード(一九二〇年生まれ)一家の歴史は、イラクに居住するクルド人の現代史を典型的に表しているといっても過言ではない。一家が住んでいたキルクークは、石油資源が豊饒であるために、イラク国家成立(一九三二年)以前からイギリスの関心を生み、第一次世界大戦後、イギリスは自らの委任統治領である「イラク」にキルクークを含めることを意図した。そのため、クルド人にセーブル条約(一九二〇年)でいったんは約束した彼らの国家を認めることがなかった。
   イギリスの帝国主義的野心によって、クルド人たちはイラク、トルコ、イラン、シリアなどにまたがる「クルディスターン(クルド人の土地の意味)」に分断して置かれることになり、少数民族としての悲哀を味わうことになった。クルド人は、現在に至るまで自らの国をもつことができない。
   昨年のイラク戦争で、クルド人はフセイン政権打倒の米軍の軍事行動に協力した。アハマドの次女のように、古里であるキルクークに帰還した者たちもいる。米軍統治の中で、フセイン政権打倒に力を尽くしたクルド人は優遇されるようになった。しかし、イラクのクルド人をめぐる将来はまだまだ不透明だ。そのため、アハマドの長男は、イラクへの帰国を躊躇している。米国が後押しする新政権の下で、イラクは本当に安定するのか、クルド人はどれほどの権力や資源の分け前に預かれるのかは定かではない。
   イラクのクルド人たちは、自らの権利拡大を実現できそうな見込みを得ながら、常にその期待を裏切られてきた。フセイン政権が崩壊しても、クルド社会の将来の安定については疑心暗鬼な状態にあることだろう。クルド人に対して友好的な米軍がイラクから撤退すれば、彼らは再び他の民族との軋轢や衝突を繰り返すかもしれない。
  アハマド一家のように、経済的収入を考えてヨーロッパやバグダードに労働移住したり、またクルドの武装勢力に身を投じたりした家族がいることは、イラク中央政府から弾圧を繰り返し受け、また貧困の下で暮らしてきたイラク・クルド人を取り巻く状況を如実に表している。
  本書は、クルド人の悲劇の歴史や現状を、一つの家族を通じて、綿密で、力のこもった取材の下に鮮明に描き出し、また少数民族問題というイラク戦争の無視できない一面を明らかにしている。従来あまり紹介されることのなかったイラク・クルド人たちの民族的感情や、その家族の結びつきが生き生きと伝わってくる一冊だ。
  
  


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