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こころのとびら
  こころのとびらBBS ひとりじゃない、心支える仲間がいる

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訂正 投稿者:冬実
  2007年02月12日(月) 09時50分57秒

  題名「Junko」と書いた所で、間違って送信してしまいました。
  「Junkoさんへ」です。
  ごめんなさい。
  


訂正 投稿者:冬実
  2007年02月12日(月) 09時49分33秒

  題名「Junko」と書いた所で、間違って送信してしまいました。
  「Junkoさんへ」です。
  ごめんなさい。
  


Junko 投稿者:冬実
  2007年02月12日(月) 09時47分26秒

  アメリカのアラノンは、日本と違ってスポンサーシップが充実していると、舞さんに伺った事があります。アラノンへ行って、スポンサーシップを使って、Junkoさんの心を落ち着かせるのもいいことかもしれないと思いました。
  
  酔っ払いとの争いは、不毛であるばかりか、自分の感情を大きく傷つけ、正に、骨折り損のくたびれもうけ、ですね。
  私も、分っちゃいるけど、止められませんでした。巻き込まれて、傷ついて、後悔しての繰り返しでした。だからJunkoさんのお気持ち、手に取るように伝わってきます。あの渦中の気持ちは、味わった人でなければ分らないものでしょうね。
  
  >夫を一人にすることは、彼を更に酷い状態にすることだろうとも思います。
  Junkoさん、これはどうかな?
  これが共依存てことじゃないでしょうかな?
  私も強くそう思ってきました。でも最近振り返って、傍にいなかったほうがこれほどアル症をを進行させなかったかも知れない、あるいは底付きがもっと早まったのかもしれないと思うことさえあります。
  
  「自己犠牲はやめて、人の世話をする前に、自分の世話を優先して、自分を大切にしましょう!」と、西尾和美の今日一日のアファメーション(http://www.iff.co.jp/cgi/affirmation/index.shtml)にもありました。
  
  


今日 投稿者:Junko
  2007年02月12日(月) 09時11分03秒

  冬実さん、ナオミさんありがとう。
  昨夜は酔っ払いとの意味の無い修羅場がありました。今朝は『今日は何曜日?』と聞く夫。昨日の細かい話を覚えている訳もなく泣いた自分が本当に馬鹿で何時までもアルコール依存症たるものの意味を分かってないと呆れています。やっぱり又アラノンに行かなくちゃ駄目ですね。
  
  実は私はもうこれで答えが出たと思っていたのです。最終的には私達は別れたほうがいいって強く今でも思っているのですが、昨日のことで私の欝が一気に悪化した感じです。こんなんでは、未だ冬実さんのおっしゃるスッキリとした気持ちっていうのとは違うのかもしれません。自分の強い意志がHPに支えたられた(導かれた)ものだったら迷いはないのでしょうか。
  別れたほうがいいと強い言う母や親しい友人が居ます。アルコール依存症に縁が無い人たちにとって、我慢して一緒に居る意味は無いと私以上に思うようです。出て行って、って言って直ぐに行動を起せるような人だったら、家に居るときは飲んでいるか、ゴロゴロ寝ているか、って生活ばかりしているはずもないですね(苦笑)。冬実さんのお医者さんの言うとおりだと思います。酔っ払っていても、そのことだけは覚えているらしく『出ていくなら猫を連れていく』とか言っています。依存症特有の性質なのか、泣きおどしてきな事も言ってきて、本当に共依存に逆戻りさせられそうになります。
  
  ナオミさんのおっしゃるように、我が家も夫の酔う度合いや症状が年のせいか病気が進んでいるためか悪化している気がします。ブラックアウトが多く今後はもっと酷くなるのだろうと思います。夫を一人にすることは、彼を更に酷い状態にすることだろうとも思います。いつかどんな結果でも心の底から、これでよかったと自分を幸せだと思える日が本当に来るのか、今は先が見えません。明日1つ面接を受けてきます。自立の一歩になりますように頑張ります。


同じです 投稿者:ナオミ
  2007年02月11日(日) 22時18分36秒

  Junkoさんのお気持ち、痛いほど判る気がします。
  言葉の暴力・・・よく使われる言葉ですが、それは人の心も体もぼろぼろに破壊させる負のエネルギーなのだと思っています。
  今、うちの主人は、私の鬱についての詳しい診断書を見せて以来、いろいろな不満の引き金になる状況を受け入れ、重要ないくつかの部分で己を反省し、時にはかなりの努力を払いながら、私をいたわることに勤め、暴力または暴力的な発言をしないように勤めつつ・・・飲み続けています。
  私も彼のそんな変化を受け入れて、やっと心の底から(罪悪感を感じずに)体や心を休ませる時間が取れるようになって来ました。
  
  でも、実は彼が見せる小さな苛立ち、彼が抑えきれない怒りを感じていた人と私が顔を合わせる時、ああもう酔っているなと感じるとき、実は次に何かをけるのではないか、また人をなじり、あげくはあの据わった目で私を攻めるのではないかという恐怖がぬぐいきれずにいるのです。
  
  そして、穏やかに飲むようになって4ヶ月ほどたって、やはり飲んでいる以上、素面の彼がどれだけ反省していても、努力していても 病気は進行していると、ここ最近感じるのです。
  怒りが噴出すのを感じはじめ、彼自身やめたくてもやめられないでいることを感じるのです。
  脳では理性をつかさどる部分に萎縮がと医師に言われましたけど、彼が反省したようなことを言ったり、そういう態度をとるほどに、だのにお酒をやめられない。怒りを抑えられないのだということが、やはり病気の進行を証明していると感じているのです。
  
  最近では、右上腹部に鋭い痛みを感じているとか?それでも・・・
  
  わたしも一度離婚を決意し、またここまで来たら離れて暮らすというラインを未だ心の中に持っています。
  それから、去年離婚を考え出したとき、冬実さんから冷静な気持ちのときに決断をということと、健康を取り戻してからというアドバイスを受けて、混乱からひたすら心を離すことにがむしゃらといっていいほど勤めてきました。
  それがつかの間でも、一年前とは比べ物にならない、どうにか落ち着いて暮らせる状態へ導いてくれたような気がします。
  
  冬実さんの言うように、大きな決断は天に任せたまま、まずは大きく心を病んだりする前にとりあえず避難することが出来れば・・・それも得策かとも思います。
  
  となんだかアドバイスめいて、私なんかが失礼かと思いましたが、心の傷もボーダーラインをいくつも超えてしまうと、癒すのに時間がかかりますものね。人事に思えませんでした。
  
  長くなってすみません!
  
  神のお導きがありますように ここのみなさんすべてに


Junkoさんへ 投稿者:冬実
  2007年02月11日(日) 21時27分11秒

  私も夫に何度「出て行って」と言ったでしょうか、そして「お前が出て行け」、「何で私が出て行かなきゃならない、あなたこそ出て行ってよ」と不毛の争いが始まるのが、毎度の事でした。
  
  飲んでいる人と共にいることは、酷い苦痛でした。我慢の限度を超えるものでした。Junkoさんのお気持ち痛いほど分かります。
  
  夫が入院中、家族会で、ある方が同じことを言っていました。出て行ってほしいと。
  医者が、「あなたが気晴らしにどこか出かけたら?」って言うと、その方は、「どうして私が出て行かなければならないのでしょう、悪いのは夫ですよ。」と言っていました。
  すると医者は、「アル症者は出て行かないですよ、そこが酒を飲める安住の地ですから」と。
  
  その言葉に妙に納得した私でした。出て行ってくれないのですよね、本当に。
  
  Junkoさん、ずっと出て行くとか考えずに、今の差し迫った感情が治まる間だけでもどこかに行かれてみてはどうかしら。
  
  私の場合ですが、昨年の9月、心から離婚を決意し、家を出て、家裁にも出向き、その手続きを開始しました。もう夫とは暮らせないと、今までの激情とは違って、落ち着いた気持ちでその事を受け入れられた気持ちでした。
  将来への不安も何もかもハイヤーパワーに任せてと言う事が実感として感じられた初めての体験でした。
  
  その後、これまでの夫からは信じられないような展開、入院を受け入れ、断酒を受け入れ、そして今も感情的なトラブルはありますが、何とか夫婦のやり直しを始めています。
  先のことは分りません、でもあの時の離婚の気持ちが本物だった証なのでしょうか、今、余り先取り不安(再飲酒とか、将来のこと等)を感じないで過ごす事ができています。何が起こっても私一人の生活を始めればいいという覚悟のようなものが、あの時に出来たのかもしれません。
  
  まいさんが、もうどうにもならないと言う事態になった時こそ、ハイヤーパワーが存分に働いてくださる時ですよ、と言われた言葉が私の支えの言葉になっています。
  
  Junkoさん、まず疲れを癒して、それから決断しましょうよ、疲れを癒す環境をどうか捜してみてください。
  相変わらず力になれない私ですが、心が落ち着かれますように祈っていますね。
  


言葉の暴力 投稿者:Junko
  2007年02月11日(日) 13時32分49秒

  また飲んでいる夫に、出て行って!と言いました。飲んでいる時には言わないって思っていたけれど、我慢ができなくて。彼は荒れていて言葉や握りこぶしなどに怒りが一杯です。力とかの加減が分からない酔っ払いは怖いですね。私に暴力は振るわないけれど、はけ口のない感情が吹き出るのを感じます。何時話しても同じ。素面の時言っても、その後に飲んだら同じ。でも、火に油を注ぐこと分かっていたのに・・・と自分が恨めしい。
  
  彼に出て行ってもらいたいのです。家のローンなど何とかしばらく私がしなくちゃいけませんが、それでもちゃんと売るまで住んでいたいと思います。でもこのまま彼が居て同じ状態が続くのだったらやっぱり私が出て行くかもしれません。なんか、疲れました。友達の家に行こうかと思ったりもしたけど、私に大事な猫達を置いていくのは嫌なのです。こんな結婚を選んだ自分が悔しいです。


どうして・・・ 投稿者:冬実
  2007年02月08日(木) 07時31分14秒

  月曜早朝より出かけ、昨深夜帰宅し、突然の訃報にただただ驚いて、今は何とお声をおかけしてよいか分かりません。
  ご主人様のご冥福を心からお祈りしております。
  ファンファンさん、ごめんなさい、今はこれで許してください。
  
  


ファンファンさん 投稿者:ナオミ
  2007年02月06日(火) 11時58分24秒

  なんと申し上げたらいいのか・・・言葉が見つかりません。
  ご主人に心からご冥福を申し上げます。お仕事を勤め上げ、アルコールでやみながらも家族を思う心はきっときっと強いものであったろうと想像いたします。きっと病から解き放された今ご主人も平安の中でご家族のことを思っていらっしゃるだろうと思います。
  
  訃報による結末・・・ファンファンさんはじめご家族の胸中はいかばかりかと 私のようなものには計り知れないものだと思います。
  ただただ 祈るばかりですが どうかファンファンさんの平安と回復をお祈りさせてくださいね。


涙があふれて・・・ 投稿者:ヒロミ
  2007年02月05日(月) 15時40分43秒

  涙があふれてどうしようもありません。あまりに突然で。パソコンを開く時は必ず最初にここに来るのですが、もう1時間もパソコンの前で固まってしまいました。
  
  頭の中をグルグルと色んな思いがよぎります。沢山の事が。
  
  今朝、もう一人の義妹(水耕栽培の農家で前橋市では知らない人がいない位の規模でやっています。社員・パートさんで15人程)から電話があり、水耕栽培のハウスが夕べ火事で焼けたと。
  
  すぐ義母と様子を見に行きました。作業棟は全焼・ハウス1棟は半焼・幸い隣に人家は無かったのですが、墓地でした。墓石3棟に被害が出てしまいました。機材・機械を含め被害額も相当な額になりそうです。火災保険にも入っていませんでした。
  
  健と私の避難用のアパートを借りる決心を昨晩して、今日はそのアパートを探そうと考えていました。その保証人にその義妹さんにお願いしようと考えていましたから。こんな状況では仕方ないと延期した所でした。
  
  今日は他にも何か無ければと思っていました。
  
  ご主人のご冥福をお祈り致します。
  そして長い間、アル症と頑張って闘い続けたファンファンさん 本当にお疲れ様でした。


ファンファンさん 投稿者:Junko
  2007年02月05日(月) 09時25分10秒

  ショックです。なんと言うことでしょうか。残念でなりません。
  ファンファンさん、何も出来ない私ですが、遠くに居るけれどずっとファンファンさんのこと思っています。
  ご主人のご冥福を心よりお祈り申し上げます。


訃報です 投稿者:あじさい
  2007年02月05日(月) 07時45分25秒

  おはようございます。
  今朝はとても悲しいお知らせです。
  昨夜遅い時間にファンファンさんから携帯電話に連絡がありました。
  ご主人が亡くなられたと、、、、
  これから連れて帰ります、とおっしゃっていました。
  心からご冥福をお祈りしたいと思います。
  
  とても辛く悲しい事で、これ以上は書き込みが出来ません、お知らせだけでお許しください。


ファンファンさんへ 投稿者:冬実
  2007年02月04日(日) 23時48分12秒

  ご主人、全くご自身の意志に反してもお酒を飲みたいのを抑える事が出来なかったのですね。
  それで又、ファンファンさんとお嬢さんが大変な思いをされたんですね。
  どうか、心の落ち着きを取り戻し、冷静に考えることができるようになりますように、ひたすら祈っています。
  
  シアナマイドもお酒を飲んでから服用し、それでお酒を飲むとお酒が飲めてしまうそうです。そんな裏技もあるんですね。
  又中身を水とすり替えて、飲んだ振りをするという話も聞きます。
  どうしても酒を飲みたいアル中さんは、悪知恵が働くんですよね。
  だからシアナマイドは、万能ではありませんし、本人の断酒の意志を助けるもの、家族を安心させるものという事なんでしょうね。
  夫の主治医は、シアナマイドは本人がどうしても飲ませてくれという場合以外は処方しません。今の病院が内科であるという事、いくら理解はあっても、その辺が限界でもあるのでしょうかしら。やはりアル症専門の病院への入院がいいのではないですか、3ヶ月間、酒をぬいて、酒害の教育もあり、遠足もあり(行軍といってましたが)、自助への参加もありです。
  何より、夫の主治医の言によると、3ヶ月入院していると、その間に再入院してくる人、亡くなっていく人などを目にするのだそうです、それが何より自分を考えるきっかけになるというのです。
  まだご主人、アル専病院への入院はされていないんじゃなかったかしら、それなら、検討されてみては如何でしょうか。
  今の状態では、通院では、無理のように思うのですが・・・
  
  長期の精神病院への入院は、実は私の義妹がそういう状態で2年経過しているのですが、薬漬けでおとなしくさせるなどしているようで、だんだん廃人になっていくような気がします。大きな精神科の病院では、相当な理由もなければ長期には受け入れないでしょうし、それでも受け入れてくれる所はどうもねえ?って思うんですよ。正に収容所って事になってしまいます。
  でもそうせざるを得ない状態、そうしなければ、ファンファンさんやお子さん方の生活が出来ないという場合は、仕方がない選択かもしれないと思いますが。
  
  とりあえずは、教育システムのあるアル専の病院への入院を考えられたらどうでしょう、今回の事で強制入院の理由にもなるのではないでしょうか。
  
  私の夫も飲酒歴(アル症歴)30年、何があっても酒はやめないといっていましたが、入院で色々なアル中の人を見、主治医から最後はホームレスですか?って言われたり、院内飲酒して隔離室に入れられ発狂したような怒声を張り上げている人を見たり・・・そんな経験が今の断酒に繋がったのかもしれません。先のことはまだまだ不安な状態ですし、又就職などして飲む機会が出てきたらどうなるかと安心は出来ないのですが。
  
  入院4回目という夫と同室だった方(夫と同世代の方)は、退院後、AAへ毎日通い今回は今までと違うと周囲を驚かせています。
  絶望と思われる状態の中にも、希望はあるんだと思います。
  
  どうか、最も良い選択が出きますように、冷静に前向きに考えていってくださいね。心の動揺は当たり前の事ですよ、子供さんももう大きくなられていらっしゃるので、3人でよく相談されて見てくださいね。
  
  祈る事と応援する事しかできませんが、ここの皆がファンファンさんを応援していますよ、又何でも書いてくださいね、一緒に悩んでいきましょうね。
  


とんでもないことが 投稿者:ファンファン
  2007年02月04日(日) 18時15分37秒

  今日3時ごろ 主人の入院先の病院から電話があり 主人がコンビニに出かけてお酒を飲んでしまい、シアナマイドの副作用で 口から泡を吹いて昏睡状態になり、点滴を受けていると 連絡がありました。何故?シアナマイドの副作用は充分に解っていたはずです。全身状態が悪い自分にとってアルコールを飲めば 命にかかわると 先日も本人が言っていたのに。。。
  病院に駆けつけても 主人は意識が無いままでした。看護婦さんは 遅くとも明日には意識が戻り、一般病棟にいけますよと 言ってくれました。
  火曜日の退院をどうしたらいいやら。明日 担当医は来ないけれど、取りあえず相談に 行ってこようと思います。
  
  今まで、入院中の飲酒は無かったので いいえ うまくごまかせたのかもしれないですが 途方にくれてしまいます。もう、回復したいという 力や
  意志が失われているのでしょうか?病気だから。。
  
  一般的には 点滴の解毒で 飲む前の状態に戻るそうですが 時には呼吸停止になるケースもあると 言われました。主人はどこまでやってくれるのでしょうか?退院を延期して、長期の精神病院入院を考えたほうがいいのでしょうか?
  
  今日もたまたま 家にいた娘が 一緒に病院に行ってくれました。情けない母でごめんね。


退院 投稿者:ファンファン
  2007年02月03日(土) 12時48分09秒

  題名を「退院」と何度書いたことかと ふと 思いました。来週6日に退院です。アルコールのクリニックのデイサービスと抗酒剤の2本立てでやっていくことになりました。一昨日は一泊外泊して、肺ガンの一年検診に出かけました。結果は2週間後ですが 恐らく大丈夫らしいです。
  様々な危険を潜り抜けて、よくも今日まで 何とか生き延びてきた主人です。風呂場で、手術台で 道端で 死んでいてもおかしくなかった。
  退院後の主人の回復や 私自身の回復の道のりを考えると不安で押しつぶされそうになります。
  
  主人からはケータイで(こっそり)入院先から数行のメールが毎日入ります。互いの思いのギャップをしみじみと感じることが多いです。先程も
  「退院後は本音で語り合えるといいですね」と 伝えたら、「受け入れてくれて ありがとう」と返事が返ってきました。あたし 受け入れてなんかいないよと激しく 思ってしまいました。
  退院の相談の時に、担当医から 何かあったら、救急車を呼んで 連れてきなさいと 言っていただいたことが 嬉しかったです。
  
  一度アルコールが入ると、全く話が通じなくなるので、具体的暴力こそ無くても 家族の心はズタズタに引き裂かれます。冬実さんの書かれているように 依存症者が飲んでも飲まなくても家族は 心の平安を得られるという 教えは、、、  現実には 無理だと 今のところ 思う。先ず断酒してくれなきゃ 何も始まらないと 思う。
  まぁ 何が起こるかやきもきしても仕方がないから 問題が起きたら改めて 考えようと自分に言い聞かせています。
  
  庭の陽だまりで 水仙が咲き始めました。主人のいない数ヶ月間を振り返っています。


おはようございます 投稿者:冬実
  2007年02月02日(金) 07時35分10秒

  夫からよく、私は「逃げる」と言われます。
  問題から逃げると言われ続けてうん十年、その言葉がどれほど私を傷つけたか、たいていは夫の飲酒に始まった紋だの処理についての不満なんですが、それでも真剣に悩み、真剣に行動を考えて、時には勇気を振り絞って行動した事も、全て認めてもらえず、「お前は逃げる」と言われると、私の全てを否定された悲しみで一杯になります。
  ですから「逃げる」と言う言葉が私には呪縛のように今でも私を縛る時があります。
  
  Junkoさんやヒロミさんのこと、辛いです。悲しいです。
  ファンファンさんも、退院後の不安で一杯なことでしょう。
  あじさいさんも断酒して5年になるご主人なのに、今なお苦しさが蘇るんですね。
  アル症と言う病気がほんとうに憎いです。
  私とて、夫の断酒は続いていますが、そこにはまだ問題山積みです。
  
  離婚するしないは別の問題として、今ある苦しみから遠ざかる事は大事な事かもしれないと思います。
  ヒロミさんもJunkoさんも近くにアパートを借りることができるなら、又しばらく家をあけてどこか行く場所があるなら、それは逃げる事ではなく、自分を守る事になるんじゃないかと思います。
  飲酒中のアル症者と共に暮らすことは、どんなにアラノンプログラムを使おうと(他のどんなプログラムを使おうと)限界があると思います。
  どうか、一番に自分の安らぎを考えて、行動してください。
  心の安心、安らぎがないと良い考えからも見捨てられてしまう気がします。
  
  どうか、心の安らげる時間を少しでも多く持てますように祈っています。
  祈る事しかできない自分でごめんなさいね。


こんばんは 投稿者:れい
  2007年01月31日(水) 23時43分47秒

  ファンファンさん
  その後、いかがですか? ご主人の今後のこともあって、辛いですね。アル症専門の病院に相談に行かれたんですね。なにかよい道筋が立てられるとよいのですが。そう、願っています。
  お子さんたちが力になってくれているのを読んでいると少し胸が痛くなります。優しいお子さんたちのためにもファンファンさんご自身、無理されませんように。
  
  Junkoさん
  本当に辛そう。言葉が見つからないです。食事はちゃんと取れてますか?
  心配です。
  
  ヒロミさん
  ご主人だけじゃなく、義妹さんまで……ヒロミさんは本当にがんばっているなって思えてしまう。
  健ちゃん、大事にならなくてよかったですね。4着もセーターを編んだなんてすごいです。あったかホアホアで健ちゃんは幸せですね。
  ヒロミさん、あまり無理しないでくださいね。
  
  あじさいさん
  何年経っても心の傷は傷跡になりませんね。
  私も2年過ぎましたけど、ふとした拍子に心がざわざわしてしまうことがあります。
  それでも日は一日一日変わらず過ぎていきますね。
  あじさいさんもお体に気をつけて。
  
  義父が一時退院して、また2月5日に入院します。落ち着きません。
  それでも縫い物の仕事を少しずつやっている私です。
  


頭がおかしくなってきそう 投稿者:ヒロミ
  2007年01月31日(水) 16時41分55秒

  血のつながった兄弟って何かあるのかな?
  
  1昨日 主人は朝からひどい泥酔。部屋を見ると焼酎5合パック1本と1合カップ2本、ビール3本がすでに空。それからチョコチョコと買いに行き、まだ飲んでいる。うどんの入った鍋は投げるし、カーテンは壊すし・・・。暴言・暴力から逃げるため、健と批難。
  
  夕方帰宅すると、義妹から電話。酔って怒鳴っている。義妹は退院1ケ月にして再飲酒が始ったらしい。3日前には血糖値500で倒れ点滴だったのに。
  
  二人とも飲むと暴言・物投げがひどく、酔い方が似ている。
  
  飲んでの暴言・物投げには心が慣れることは出来ないな。
  
  健は夕べに血便をしたので、びっくり。また変な物を食べたのか? 涙が溢れてきました。今朝 病院に連れていった所、大腸炎とのこと。とりあえず生死に関係なさそうなので安心しましたが、主人の酔っているときは震えている小さな健を見ていると可愛そうでなりません。
  
  真剣に近くにアパートを借りようかとも考えだしました。毎日朝から酔っている主人の暴言・暴力から逃げてばかりの生活は疲れます。
  
  健のセーター
  4着編みました。ホアホアする糸で編んだので雑に編んでも大丈夫です。フード付き・アップリケ付き・小さなぬいぐるみ・ボンボンを付けたりして結構評判です。でも編み物って、手は動いていても頭はどうしてもアル症のことを考えてしまいますね。
  
  またまた愚痴ですが、『アルコールに対して無力』だけは体得できたようです。“無力”が“自分の無気力”にならないようにしなければと考えています。


私の1月 投稿者:Junko
  2007年01月31日(水) 08時37分37秒

  ファンファンさん、あじさいさん、キルトショー行って来たのですね。羨ましいです!骨折の治った母がNHKでやっていたキルトショーの模様をビデオに入れてくれたそうなので、そちらでせいぜい楽しみたいと思います。
  
  毎日飲んでいる夫に、私はとうとう愛情とか情が無くなりそうです。彼と居ると気持ちが悪くなるの。自分に集中をしなくてはいけないのですが・・・私は冷たい人間なんだろうか。別れるとか離婚すると言っても、そう明日に出来るものではなく(経済的に・・・)しばらくこのまま顔を突き合せなくてはいけないのです。どうしたらいいだろうと固まっている自分に手を焼いています。短い人生の残り長生きできて後30−40年。完全に折り返している私の人生を思うと、このままの生活は無理です。彼はお酒は辞めれないと言っているので、もうそこで平行線。後は何時も飲んでいるので話しにならないし、する気もない。結局決断するのは私の気持ち1つです。でも、もう決まっているのです。今は一人になりたい、そればかり考えています。
  でも彼との日々のやり取りに(酔っ払ってる場合は特に)心が潰されそうになります。今ちょっと辛いです・・・


一月 投稿者:ファンファン
  2007年01月28日(日) 19時27分03秒

  そうですね 一月も終わろうとしているのね、あじさいさん。東京ドームのキルト展は疲れたけれど 楽しかったです。誘っていただいて ありがとう。Junkoさんが見たかった 驚くほど素晴らしい 様々のキルトを楽しみました。
  
  昨年の一月は主人の肺ガンの手術でした。その後の一年間に主人のアル症は確実に進行していると思われます。明日、アル専門病院に 主人と出かけて 今後のことを相談してきます。アドバイスを受けるだけで 全てを決めるわけではないのだけれど、、
  
  そう 苦しいことだけではなくて 楽しく嬉しいこともたくさんあります。庭の葉蘭を 友人に差し上げようとして 引っこ抜いたら 根元に小さな紫色の花が咲いていました。びっくりです。2センチ程の 小さなカップ状の花でした。飾りたいほど素敵な 花じゃないけれど 感激でした。 
  
  ヒロミさん 健ちゃんの セーターは仕上がりましたか?
  もう ワンちゃんを飼いたくないと 思いつめている私ですが 
  迷っちゃうよ。今日も キャバリアの赤ちゃんの写真を とある ブログで見つけて ああ と 思いました。
  


思い出したこと 投稿者:あじさい
  2007年01月28日(日) 14時27分26秒

  こんにちは。
  もう1月も終わりますね・・・
  
  最近テレビで2001年に起きた新大久保駅で起きたホームからの転落事故で、助けようとしてなくなった男性をモデルにした映画のCMが流れています。
  当時、私は夫の病気を少しは理解しようと思い始めていた頃でした。
  すでにアル症と診断されて3年目だったでしょうか・・・
  12月にスリップした夫は毎日隠れ飲みしながら、出張にでていました。
  確か金曜日?だったように記憶しています。
  TVで「酔った人がホームから落ちて死者がでている」というニュースを見ました。
  夫は出張にでていて帰宅する予定でした・・・
  すぐに携帯に連絡しましたが、呼び出すだけでした。
  その後、彼は一年近く断酒して、スリップの果て連続飲酒で最後の酒を飲んだのは2002年1月27日でした。
  あれからもう5年の月日が経ちました。夫38歳の時でした。
  
  もう忘れかけていた事でしたが、急に思い出してしまい、少し苦しくなっています。
  何年経っても忘れない、、、心の傷はまだ傷跡になったいないことを感じます。
  
  でもね、そんなことばかりでも無いのですよ、先日東京ドームのキルト展に行ってきました。
  急でしたがファンファンさんにお付き合いいただき、目と心に栄養をもらいました。
  もうすぐ2月、ぼちぼちと何とか元気に過ごしています。
  皆さんもどうぞご自愛ください。


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