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こころのとびら
  こころのとびらBBS ひとりじゃない、心支える仲間がいる

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おはようございます 投稿者:ファンファン
  2006年04月26日(水) 06時56分43秒

  今、主人が出勤しました。一週間ぶりにお弁当も作りました。4月も終わろうとしているのに、ひんやりして、ストーブをつけています。子供たちは後数時間起きてこないでしょう。大学生になると二人とも、時間割が日によって、ばらばらで、今日お昼を家で食べるのは誰だっけと、わけがわからなくなっちやう。夕食を家でとらないことも多いので、多少栄養のあるものを
  食べさせたいと思う。
  
   「お母さんは料理作るの好きじゃないか」と子供たちは 言うけれど、好きな事だって、義務感が加わると、時にはものすごく うんざりするんだよね。先々週 友人と出かけた温泉旅行。上げ膳据え膳で美味しいご飯を楽しみました。あぁ、束の間の夢のひと時だったです。


風と雨がすごいよ 投稿者:ファンファン
  2006年04月20日(木) 12時36分07秒

  ヒロミさん、お花すごいですね。ほとんどプロじゃないですか。
  私は目下、矢車草と スイトピーと カスミソウの蕾を毎日楽しみに眺めています。カクテル(バラ)も蕾が膨らんでいます。白いモッコウバラももうすぐ開きます。
  
  先日 いつも 主人より30分ほど遅れておきる私が、主人が階下に下りてすぐに キッチンに入って、出勤前の一杯を楽しんでいる主人に遭遇してしまいました。これで、2度目です。何時も うまく隠れて飲むので 現場をほとんど目撃してないのよ。あああ。ま 仕方が無いです。
  


はっきりしないお天気で 投稿者:ヒロミ
  2006年04月15日(土) 21時02分04秒

  私は今は“百日草”“早生菊”“アスター”“スターチス”を発芽させたところです。グラジオラスは時期をずらして植えています。今春は気温が安定しないので、種まきに頭を悩ませます。
  
  そのあと“マリーゴールド”“帝王貝細工”“美女なでしこ”“ダリア”“ほうせんか”“八重ひまわり”“矢車草”“カーネーション”“かすみ草”“千鳥草”“朝顔”・・・と気温と自分の都合と相談しながら種まきしていくつもりです。予定では全部で2千本になる予定です。
  
  庭で花壇つくりをしていても、3分の2はご近所さんと立ち話になってしまいます。でも皆さんが我が家のパンジーをすごく誉めてくれるので、満開のパンジー・ビオラが嬉しそうです。そして、今 種植えしているのを『咲いたら絶対私にも頂戴ね』と予約?が殺到です。なので余計に張り切ってしまいます。
  
  花を育てているのが、主人のアル症から逃げる?自分の心を平安にするためとは知らないご近所、あるいは知っていて励ましてくれているのかとも思える時もあります。が私に新しい生きがいを与えてくれている花造りです。
  
  もしオフ会が実現したらいいなと考え、皆さんに見て頂こうと私が種から育てたパンジーの写真をデジカメで撮りました。
  
  主人は相変わらず、朝からチビチビ飲酒 そして夕方には泥酔の状況が続いています。泥酔の結果、お婆さんと私に怒鳴り、7時に爆睡。夜中2時には寝覚め活動開始。どうもこれが彼の今の日常なのだろうと・・・・
  
  追伸
  『アラノンで今日一日』の本は“なんで私のことをこんなにも知っているの?”とつくづく思わされます。まだまだ全部を読み終わっていませんが、毎日少しづつ読み進み、また前に戻ってみたりとしています。1ページ1ページが重さがあります。『判ってはいるんだけど・・・?』の私の苦しさを優しく変えてくれています。
  
  ファンファンさん
  家の主人は5月11日がガンの定期検査です。今は安定していますが、再発が無ければいいなと検査の度に思います。
  
  


雨が止みました 投稿者:ファンファン
  2006年04月12日(水) 20時57分49秒

  昨晩からの 雨も止んだようですね。
  ヒロミさんは 何の花の種を植えたのかしら。
  
  うちの庭も 待ちわびた花たちが咲き始めて にぎやかになりつつあります。それと一緒に 芝生の雑草も元気一杯で やれやれデス。
  しばらく いらしていない れいさんちの お庭も生き生きと カラフルになっていることでしょう。 ぜひ 写真を いつか 見せてね。
  
  今日は一年ぶりの筍ご飯でした。美味しかったよ。


皆さん、涙が流れました 投稿者:ヒロミ
  2006年04月10日(月) 14時46分42秒

  今回は養子縁組のことがすごく気になっていたのと、“今度お会いしましょう”のお言葉もあり、ありのままを長々と書かせてもらいました。
  
  ビックリでした。皆さんが農家・本家の嫁にこんなに近い環境にあったのかと。そして、養子縁組によって起こる相続問題も私の頭の中をしめていましたから、ずばり指摘して頂いたことに感謝します。
  
  今、皆さんのお言葉を読んで、涙がこぼれて仕方ありません。普段、義父母の前では明るく繕い、主人の前ではアル症の暴言に動じない・涙など見せない強い人間を演じていますから。
  
  >>この仲間はそう、大切は友人達です。
  
  ありがとう。本当に。長い長いアル症者との生活、まだまだ色々あると思いますが、今後も宜しくお願いします。
  
  今日は雨降りです。育苗箱に花の種を撒こうと思います。新しく花壇を4つ造ったので。
  


続き 投稿者:冬実
  2006年04月09日(日) 17時08分40秒

  >この結論は神(ハイヤーパワー)が導いてくれそうにありません。神にゆだねることではなく私自身が決めることなのだなと・・・
  ハイヤーパワーが導いてくれるとは、答えを出してくれることではないと思います。常にハイヤーパワーの意志が私の意志になりますようにと謙虚に祈ることだと思います。すると、自分の決定がハイヤーパワーの意志と合致するのではないでしょうか・・・そんなこと考えました。
  
  アル症者の家族として、この掲示板を通じて知り合い、分かち合い、意見を交換し、悩みを吐き出せること、私も感謝しております。
  ヒロミさんも今や大切な仲間だと思っています。
  この掲示板にはお会いしたことのある人もない人もいらっしゃいますが、そんな分け隔てなく、どなたも大切な仲間です。
  又いずれオフ会をしましょう、その時お会いできれば嬉しいと思っています。でもパソコンの中だけでも十分、友情は育まれていると思っています。
  
  皆で分かち合い、悲しみや悩みのサイズを小さくしましょう、そして希望を生み出していきましょう、仲間意識の中で・・・
  
  
  >ナオミさんへ
  よく勇気を出して、ご自分の事書いてくださいました。
  感動して読ませていただきました。
  回復の道は、長いと思います。私も実感しています。
  共に、歩む仲間の存在に力をいただいています。
  これからも、きっと山あり谷あり、でもその背負う荷物をちょっとでも軽く出来るのが、仲間との分かち合いではないでしょうか、時には、歩き続ける勇気と希望を補給しながら・・・
  
  
  
  


ヒロミさんへ 投稿者:冬実
  2006年04月09日(日) 17時03分48秒

  ヒロミさん、朝、お返事を書いているところで、夫や娘が起きてきて、
  途中の文章を保存しておこうと思って、操作していたら消えてしまいました。
  
  とてもお辛いと思います。そしてヒロミさんのお立場も大変ですね。
  アル症家族同士、お気持ちは悲しいほどよく分かります。そこが又悲しいことなんでしょうが・・・
  
  私も夫の実家(九州の田舎)近くで10年近く暮らして、「本家の嫁」がいかに大変か、見てきました。上手くやれて当たり前、少しでも失敗すると、多くの親族がそれぞれ、あれこれ言って、本当に大変だなあと思いました。
  親族の揉め事が皆、本家に集まりますよね、来客は多いし、冠婚葬祭は多いし、うちの本家も農家ですから、お嫁さんは畑や、豚や牛の世話まであります。おじさん(夫の父は長男ですが家をでて一番下の弟が本家を継ぎました)もアル中で、おばさんはとても苦労してきたと思います。
  
  とても料理の上手な人で、綺麗好きで、私は夫の実家や親戚の中で本家のお嫁さん(おばさん)のところだけが安心して食事が出来るのです。
  でも、他の多くのおばさん達(小姑)は、本家のお嫁さんを無駄使いして、あんなにご馳走作ってと悪口を言います。
  
  そうした田舎ならではの大変さは分かっているつもりです。今この地に転居してホッとしたと思っていましたが、東京に夫の独り身のおばさんが3人います。そのうち2人は子供もいません。そのおばたちも高齢で病気や入院や手術となると甥っ子で医療関係の仕事をしている夫に問題を持ち込みます。
  私はその度に何度東京までとんで行ったでしょう。
  又東京の夫の姉も独身で、先日胃がんの手術をしたのですが、その時も私は何度も東京へ通いました。
  
  夫の親族のことは、本当に大変です。まして、中心になるべき夫が酔って責任を放棄することも多いので、私が替わってしなければならないことも多かったですよ。手術を前に入院している人との約束を夫が果たせなければ、私がしなければなりませんでした。
  
  >なんで私だけ
  私もよくこの感情に支配されていました。自分の苦しいときは、自分の現状だけに囚われて、絶望のように感じてしまいました。人の話も違い捜しばかりして、何で自分ばかり・・・と思ってしまう。でもこれは自己憐憫なんですね。自己憐憫は時として居心地の良い陶酔をもたらすこともありますが、これは回復の妨げであり、自分自身を破壊する力にもなると学びました。
  
  アル症者との暮らしは、多くの場合貧困へとつながる危険が大きいです。多くの借金を背負ってしまう人の話を聞きます。でもヒロミさんは経済的には安定していると言うことは、プラス要素と思います。
  お舅、お姑さんに理解してもらい、愛されていることも大きなプラス要因でしょう。ナオミさんの仰るように、いくら義父母に尽くしても、夫に先立たれた後は、義父母の財産相続の権利もなくなります。それを考えて、養子縁組を実行しようとしているお舅さんの愛情もすごいと思います。決して自分の老後を託そうと言う考えばかりではないのでは?
  養子縁組だって、離婚のように後になって解消はで来ますから、不利益ばかりが多い時にはそうされてもいいのでは。
  私の仲間では、ご主人のアル症に悩み、お姑さんの無理解や攻撃の悩んでいる人もいます。ヒロミさんはその点は力強いのではないでしょうか。
  
  確かに、恵まれた経済力は、ご主人が飲み続けることを許してしまうことになっているのでしょうね。
  全てのことが1長1短、裏表なのでしょう、でもそうなら、良い用に解釈されていった方が良いと思います。
  
  アル症に苦しむ人々は、人それぞれ、状況も、環境も違います。でもそれは、人が皆違う環境に生まれてくることを思えば、当たり前のことだと思います。今なお戦火で苦しみ、飢えと貧困に身を置き、明日の命も知れぬ人々と比較すれば、食べていけることだけで幸せと言うもの、比較して考えても始まりませんよね。
  大切なのは、自分自身に目を向けることだと思います。
  
  


ごめんなさい 投稿者:ナオミ
  2006年04月09日(日) 13時06分15秒

  ↓の投稿 大変誤字脱字が多くて 読みづらい投稿ですみません!
  
  ひとつだけ、ヒロミさん
  言いづらいことですが 田舎では特に財産分与のことでは必ず悲しいことが起きます。
  私は 4年前まで3年間 母の兄弟をたらいまわしにされ、母の要る実家では私の父方の祖母と一緒になってしまうというので 母方の祖父をいえで預かりました。
  ただ好意で快く受け入れたつもりが、生活費としていくらかのお金を入れるといわれ、みなもらっていたからと受け取りましたけど。大好きだったおばさんやその娘(従姉妹)たちから 最後に面倒見宝といって威張るなよ・・・ともとれる言葉態度がありました。
  
  おじいさんおばあさんの子持ちがどんなにあっても なくなると そうした悲しいことが必ず起こるのです。悲しいことですけれど。絶対といっていいと思います。
  そして 気持ちをくれた人は この世になく守ってくれないのです。
  
  私は一言も言い返しませんでした。残った財産をいただいたわけではないので。
  
  それと 養子縁組していない婿が 何ももらえず追い出されたという話も聞きますね。
  
  このようなことは失礼かと思いましたけれど 慎重すぎることはないと書いています。
  
  ヒロミさんのご苦労・献身は 義父母様以外の方々も本当によく判っていらっしゃるとは思いますけれど。どんなに義父母様の気持ちが募っても だれも(義父母様とご主人)いなくなったあとの 夢を含めた人生を 熟考されてるのに時間が足りないということはないかと思います。
  
  本当に失礼になりましたら どうかお許しください。
  心から 応援しています。
  
  
  
   関連ページ:http://blog.livedoor.jp/cherrycherry_jn/?blog_id=1563475


ヒロミさん 投稿者:ナオミ
  2006年04月09日(日) 12時27分46秒

  読ませていただきました。私もまだ皆さんとお会いしたことがないですよ。
  
  私にはできない決断だと思います。
  
  私は 農家の娘です。長男である兄が最重度の統合失調症で20年間入院生活を送っています。ですから私が後をとることになります。兄が社会生活が営まないとはっきりしたとき、私は父に「結婚できないかもしれないの?」と聞いたら「そうかもしれない」とさらっと答えられたとき、とてもショックでした。19歳でした。
  
  今は 実家の横に住んでいます。家も米と麦です。やはりこの辺では大きいほうですけど、母は小学校の教師 父は町会議員 その収入があって大学まで行かせてもらいました。
  まだ父母は70代で元気ですから 小さい子供のいる私はお手伝い程度です。
  お嫁さん 本当に大変ですね。近所では何人ものお嫁さんが出て行ってしまっています。
  私は 継ぐものは 名前より大事なものがあると結婚するとき主人を婿養子にすることを拒み主人の姓に入りました。
  実家横に住んで11年、主人はどんどん田舎の風習・両親の態度に腹を立てるばかりで「何もかも条件をのんで結婚してやったのに」と「お前が何とかしろよ」とひどいときは毎晩責められました。
  両親の干渉 自分のもの意識 たしかに常識的でないものがあります。私も一時は一歩間違えば・・・というぐらい両親を憎みました。けれど、変えられないものとして受け入れることを知って、動じずに やれることはやり できないことや耳うるさいことは聞き流し、感謝すべきことに感謝し、と言う生活ができるようになりました。それに関しては教会と神様が救ってくださいました。主人もそうしていこうと教会に足を運んだのですが・・・
  
  主人にとっては 両親が許せないからのむのか のむため 止めれない言い訳なのか・・・
  でも、はたから見れば親子だからできたことなのでしょうね。
  主人は 離婚の話をしたとき 子供と離れたくないから なんとしても我慢するといいましたけど 受け入れずに我慢すると ひどくなるばかりです。彼にとって この土地の風習と 私の両親の干渉が 一番の飲酒とイライラの種なのです。
  
  ヒロミさん 養子縁組されるのですか?もしそうだとしたら 本当にすごい決断だと思います。ただ 私にはそのことで家からも兄からも逃れる道がないので みならって頑張って行きたいと思います。
  
  収入があることは ご主人の病気には良くないことかもしれませんけれど どの道のむのではないでしょうか?
  妹さんの死を目前にしても 飲むのはただただ病気だからですよね。
  ウチは 家賃収入などはなくて わたしは貯金もないので 離婚すれば あるいは主人の病気がすすみ働けなくなれば 外で働かなくては子供を育てられません。反面 収入があることは良いことと考えることが出来ると思います。
  とはいえ 並大抵の人が出来る決断ではないことは本当によくわかります。本家の嫁はご主人が病気でなく、やさしく働き者だとしても大変な仕事です。
  
  私は 私自身がとても弱くて 先日 主治医に主人とのことではなく重大のときの過程生活を話したところ 今の鬱は そこからも来ているかもしれないと。そこに主人の依存症のことがあり 急激に抑うつ状態になったと。
  
  主人ももともと健康な人と 田畑などない家の人と結婚すれば・・・ね。などと自分を責めたり思想になることもあります。
  主人の依存症はこれからです。連続がないですから。
  
  私、本当にまだ何もしていませんね。アラノンには救われていますけど まだ何も身についていません。
  
  取り留めなく結局自分のことを書いてしまいましたけど ヒロミさんと一部でも分かち合えたらと思い投稿します。
  
  どうか 一緒にこれからも歩かせてください。
  お会いできる日楽しみにしています。
  
  PS 私のおばさんで本家の嫁に行った人も40歳からトラクターを覚えたと言っていました。明るくて野菜作りが上手くて優しい大好きなおばさんです。私はまだ乗れません。野菜作りは父母が下手なので祖母を除けば私が上ですけど。尊敬です。少しでも見習って頑張りますね!
  


ヒロミさん。 投稿者:あじさい
  2006年04月09日(日) 08時33分12秒

  おはようございます。
  今朝、私は一人息子(13歳)がサッカーに出かけるのにお弁当作りで早起きして、ご飯が炊き上がるまでの時間にヒロミさんの書き込み読みました。
  そして、すぐにも何か励ましの言葉をかけたい、と思っていました。
  
  夫も日曜出勤して家には同居の義両親と3人です。
  夫がお酒飲んでいた頃、私は日曜日の出勤はものすごく恐かったです。
  お酒飲んで会社にいくのでは?本当に会社に行くのだろうか?もう頭の中は疑心暗鬼で、まだ小さかった息子と過ごす時間がとてつもなく長かったこと思い出しています。
  
  私が経験してきたことの何倍もの経験をされて本当にすごい、、、とJunkoさんがおっしゃるように感動さえしています。
  アル症者は助ける人がある限り飲み続けていられますものね、、、まさに環境がご主人にはアルコールを飲み続けられる快適?ともいえる環境なのですね。
  
  私は田舎育ちです、周りには田んぼが広がる土地で育ちました。
  それで、農家のまして本家のお嫁さんの辛さ、大変さは知っています。
  よく頑張っておられますね、頭が下がります。
  
  私も夫のことで辛い頃は一ヶ月に二、三日は起き上がることが出来なくなり、寝込んでいました、何も出来なかったですよ。
  それほどアル症者との暮らしは家族の心も身体も痛めつけます。
  お義母様の状態もその心労から来ているのですね・・・
  
  かつて義母も「○○(夫の名前)を殺して死んでしまいたい、、、自分が何十年も夫(義父もアル症)の心配して着たが、息子の事はもう辛くて見ていられない」と泣いたものでした。
  私も義母が居てくれて私のことを励ましてくれていたので、どれほど心強かったでしょう。
  
  私も皆さんにお会いして、顔が浮かぶのは本当に心強いし、近親間が沸くと思います。
  是非是非、お会いしたいです。
  こんなに同じ思いで話し合えるのは、すごく不思議なことですが初めてあったそのときから、懐かしい感覚さえあるのですよ。
  
  田植えが終わると少しは農家も時間が取れるでしょうか?
  その時は都合のつく方だけでもお会いしたいですね。
  なんだか色んな事思い出してしまい、だらだらと書いてしまいました。
  
  ヒロミさん、もうここの仲間はそう、大切は友人達です。
  そしていつもいつも、応援しています。
  一人ではないですよ!!いつでもお話聞きます。
  話すことで大きな荷物が少しでも軽くなるといいな、と言う思いでいっぱいです。
  
  今日はよいお天気ですね、皆さんも今日も良い一日を。
  
  
  


ヒロミさん 投稿者:Junko
  2006年04月08日(土) 23時57分15秒

  ヒロミさん、お義父様お義母様に頼りにされて大変で私だったら八方塞になっちゃうだろうに、ちゃんとご自分を大事に(心を・・・ですね。体は足りないんですものね。)されているお姿感動します。私は全然生っちょろく、夫のお酒のせいと分かっている言動でも、すごく頭に来たりします。言っても無駄だし言わないほうがいいのでしょうが、我慢も辞めました。彼の酒の量を増やすような触発や手助けはしないしお願い(飲まないでって以前は言っていましたが)もしないです。でも、自分が傷ついたらそれを隠しもしません。私は我慢が出来ないわがままモノなんですね^^;; 自分が一番大事!そう思って生きています。子供が居たらそんなこと言えないので、お母さんである皆さんは大変だけど・・・。今40代後半に差し掛かって、これからの人生(今までもだったんだけどね)自分を大事にして小さな日々の幸せ見つけて行きたいです。もっとおばあさんになったとき、優しい皺が増えているといいな・・・って。
  いつか皆さんで又会えたら良いですね。顔見ると親近感は百倍以上ですね♪


余りに長くなってしまったので 投稿者:ヒロミ
  2006年04月08日(土) 23時30分38秒

  《長過ぎます》とのメッセージが・・・・
  
  続きです。
  決断のときがきたようです。
  義父母は、主人に愛想をついて私がこの家から出て行ってしまうと困ると思い養子縁組が苦肉の対策なのでしょう。
  複雑な心境です。今 ここで私が断れば“私達の老後も見てもらえない。この家を守る気がない”ということになるでしょう。
  
  しかし、私は考えていました。アル症の主人との生活の他に違った人生を送れる可能性もあるのかなって。
  
  結論後は何かあれば主人と離婚するという方法はとれなくなります。この結論は神(ハイヤーパワー)が導いてくれそうにありません。神にゆだねることではなく私自身が決めることなのだなと。2日考えても結論になりませんでした。
  
  でも、そう思っているうちに
  今日は義父が、墓石屋さんを呼んであって『ヒロミは花が好きだから、家の墓地に花を植える場所を造って欲しい』と依頼しました。そして『何があっても楽しく綺麗な花を植えておいてくれよ』と言いました。墓石屋さんは早速に60cm×120cmの頑丈なプランターを2ケ設置してくれました。
  
  
  
  ファンファンさん
  “近いうちに会いましょうね”の言葉に甘えて、書かせて頂きました。今まで私や主人の環境を話していませんでしたから。ぜひぜひ機会をつくって下さい。皆さんは顔を会わしていられるのは知っています。私だけ“よそ者みたい”というヒガミもありましたが、ずうずうしく本日まで投稿させて頂きました。それほど苦しかったし、反面皆さんの言葉が心の支えになれたのです。
  
  JUNKOさん
  私は皆さんのおかげで、本当に考え方が変われてきたようです。酔っている主人が怖くなくなりつつあります。数ヶ月前ほどの嫌悪感はなくなりました。
  今までは主人を非難し主人から逃げることしか考えていませんでした。アル症の本を読むことすらしないでいたのですから。ましてやアラノンの本のことも。そして保健所に通う勇気もなかったのですから。
  アル症の症状を互いに比較するのは良くないことは判っています。でも“なんで私だけ”という気持ちがありました。主人は仕事もせず、朝から飲酒が毎日です。きっと、『主人+お酒=毎日』の生活だから成長?が早かったのかも。毎日だから学習の頻度(反復練習)が高かったのかも。
  
  皆さん
  私は、皆さんとこうして知り合う前は1ケ月に2〜3日位は何も出来ず、寝込んでしまっていました。何も出来ないので寝込んでいました。辛かったです。ここまで変われた私に私自身が驚いています。私には主人と離婚という選択肢はなくなったようです。覚悟しました今日で。アル症の主人と向き合うため、今だ判らぬ“愛ある離脱”を毎日模索して行こうと。そして“もっともっと自分を助けようと”。
  なのでこれからも友達でいて下さい。
  


決断のときになりました。 投稿者:ヒロミ
  2006年04月08日(土) 23時28分38秒

  もう一つ身体が欲しいです。
  アル症との生活・本家としての立場・80歳過ぎの義父母・アル症の義姉・農業・賃貸経営・・・・・
  
  長くなりそうですが、私の現在です。聞いてもらっていいですか? 本当に身体がもう一つ欲しいです。
  
  主人
  普通の酒飲みに戻ったのは、やはり2日でした。昨日から『朝から飲酒』が始まりました。再婚後4年経ちますが“主人が吐いた”のを、先程初めて経験しました。朝から24時間チビチビ飲酒だったので、吐く所まで飲むことはなかったのですが。トイレで苦しそうに吐いていました。ちょっと心配です。
  
  義母
  一昨日、夕方6時半頃、頭は痛い(という感じ)と不眠ということで救急病院につれて行って欲しいとのこと。義姉の件等で心労がたたったのでしょう。以前にも病院に夜連れていったことがあったので、同じ症状です。医師に脳のレントゲン写真を撮ってもらい、“異常なし”を確認できると安心できる“病名は心配性”です。帰宅は夜10時30分となりました。待合室・往復の車の中で、3つの言葉を言い続けました。『お婆さんが神経衰弱になると、誰が悲しむ? お爺さんだよね。だからお婆さんは明るくしていよう』『主人も姉もアル中の病院に入院させたよね。でもそのお医者さんにも治せなかったよね。だからお婆さんが治せる病気ではないんだよ。』『毎日、自分の出来ることをしようね。そうしていれば神様が見ていてくれるよ』と。お蔭様で今日も元気にしてくれています。
  
  農業
  我が家は基本的には農業です。収入的?には米麦のみです。米麦では生活は出来ません。しかし、この付近では我が家が一番の生産量です。28代続く農業です。10年前までは絹にする繭を作っていました。義父の農業としてのプライドから、育苗・植え付け・刈り取り・乾燥・袋詰め・出荷まで自宅と作業場で行います。今は麦が生育中です。今日から米の苗を育てる作業に入りました。米の苗箱の底に敷く新聞紙切りです。
  主人が酔って、作業が出来ないときが多いので、仕方なく私は女にしてコンバイン・田植え機・トラクターをこなすことが出来るようになってしまいました。メーカーに来てもらい田んぼの中で練習しました。
  そんな私を見て義父は私に新車トラクターを購入してくれました。寒くないようにとエアコン付き・つまらなくないようにとオーディオ付きです。
  
  皆さんにも麦刈り・田植えの姿を写真を添付できるといいなと思います。結構、女のトラクター姿もいいですよ。
  
  賃貸経営
  我が家は駅から15分程の所に先祖代々の土地を所有しており、農業だけでは生活が不自然な環境です。そのため自然と賃貸マンション・テナントへと移行しています。我が家もいくつか所有しています。その管理・不動産屋とのやりとりは、義父と行っています。酔っている主人では問題が膨らむだけです。入居者のトラブル等結構大変です。
  
  本家の長男の嫁
  我が家が本家(田舎でないと、使われない言葉なのかな)。なので我が家の周りには、新宅等含め 同じ名字が沢山あります。近所付き合いも大変です。義父も町内の役を沢山しており、来客も一日10数人です。
  
  
  こういった環境ですので・・・・
  主人は毎日 仕事をしなくても、家にいても生活できてしまうのです。今はアル症にはうってつけの環境です。義姉もそうです。離婚しても新築の家をつくってもらい、尚且つ家賃収入のある賃貸物件も所有しています。そこに内縁の彼と住んでいるのです。
  
  裁判所から通知
  主人が酔っては携帯電話で、色々な所に電話するので、通話料は毎月5万円です。尚且つ、酔った際での電話なので、私たちはその後の対応に四苦八苦でした。義父母とも堪忍袋が切れたので、通話料を支払うことを止めました。ので、本日簡易裁判所から呼び出しの通知がきました。主人はどうするのでしょう?
  
  養子縁組
  4日前、義父母に呼ばれ、私を二人の養子として縁組するため弁護士に依頼してきたとのこと。
  義父は『弁護士に相続税対策ですか?と聞かれたが、俺の気持ちだけですと答えたよ』と話してくれました。
  
  主人と今後もずっと歩んでいけるのか?
  それが一番の課題でした。主人のガンが判る前に調停離婚を申し込んだ経緯もありましたから。私は万一の際・何があっても良いようにと分譲マンションを購入しておきました。全部で3軒も買ってしまいました。一軒は最初の離婚後 自分の励みと思い購入し住んでいました。それは主人と再婚後に売却しました。一軒は主人との再婚前に私の老後の賃貸収入があるようにと考えて購入してありました。もう一軒は主人と再婚後アル症の主人と別れようと思ったときに自分の貯金から自分が住むために購入しました。
  会社勤めをしていて、収入はほとんどマンション購入のために費やしてしまったようなものです。
  


不明な投稿 投稿者:ファンファン
  2006年04月08日(土) 18時59分58秒

  ヒロミさん 実は私は開いてしまいました。うちは以前ウイルスにやられて以来、ウイルス対策をやっています。そのせいかどうか わかりませんが 開けない状態でした。不愉快だけど、怪しいカキコは無視したほうがいいのではと 思います。
  
  手打ちうどん 美味しくできて良かったですね。私も迷いながら 今できることをやっていくしかないと ヒロミさんに元気を貰った気がします。
  
  私は時々パンを焼きます。
  古いタイプのパン焼き釜ながら、第一次発効まではお任せなので、ひっぱたいて という ストレス解消には 使えない。でも 子供たちが喜ぶし 時々 作ります。
  
  まいさん ありがとう。そちらもきっと 大変だよね。わかってくれる仲間がいることは 本当に本当に 勇気をもらえます。また 近いうちに会いましょうね。そうそう ヒロミさんや ナオミさんたちにも きっと 会えると 思いたいな。書いていても 顔が浮かぶと親近感がどっと 増すもの。


ファンファンさんへ 投稿者:まい
  2006年04月08日(土) 14時32分44秒

  会社の引越しをして、ネットにつながりませんでした。
  やっと、ISDNで接続できました。
  そこで、みなさんのカキコを読みました。
  ファンファンさんの、ご主人との会話に、おもわず涙がこぼれました。
  だめだったね、もういいよ、の部分です。
  つらいですね。やはり、ご主人のことでなく、ファンファンさんの辛さを
  感じてしまいます。
  でも、でも、大丈夫ですよ、といいたいです。楽しいこと、一杯見つけようね。
  みなさんも、どうぞ、ご自分をかわいがってください。そうできるように、練習しましょう、って、アラノンの本に書いてありましたっけ。


不明な投稿が 投稿者:ヒロミ
  2006年04月08日(土) 12時53分57秒

  3件ありますね。
  
  開かない方が良いのでしょうか?


初挑戦の手打ちうどん 投稿者:ヒロミ
  2006年04月05日(水) 11時56分53秒

  美味しく出来ましたよ。
  
  アラノンの本の中に、『アル症者への悲しみと悔しさをパン作りに変えなさい。悔しさでパンをこねて・生地をぶつけた結果、美味しいパンができる。』というのを読んだ時、そうかパンか? 手打ちうどんもいいな?というのがずっと気になっていました。
  
  なので初挑戦しました。生地をたたきつけ・足で踏んで。結果美味しいうどんになりました。
  
  麺好きな主人も満足で、このうどんなら毎日でもいいな。ですって。
  なぜうどん作りに挑戦したかを話した所、『じゃ このうどんは“アル中うどん”と名付けよう』だって。
  
  最近私は義姉の件があり、主人とアル症について話し合えるようになりました。
  そして判ったことはやっぱり主人が一番苦しんでいるんだなということでした。
  
  酒好きから始まり、アル症になってしまったこと一番悔やんで、悲しんでいるのは主人でした。そのことが判ってから、主人を無視したり出来なくなりました。最近、主人を呼ぶのにも『おーいアル症。ごはんだよ』とか、二人で漫才をしています。
  
  アラノンへの出席が難しいので、本を毎朝2〜3行少しづつ繰り返し読むようにしています。そして、今日の自分の標語にしています。
  
  一度には理解し、行動を変えることは出来ないので、少しづつしか進めませんが、私はアラノンの教えてくれることを信じていくことに決めたので、もう迷っていません。とりあえず教えの通りやってみます。
  
  主人は昨夕も自転車のかごに日本酒のパックを忍ばせていました。義母が見つけ捨てようとしてました。
  そして一言『酒って、こんなに恐ろしい物だったんだね』とつぶやきました。
  
  義母は義姉が10年前から飲んでいた“にごり酒”を、3日前まで甘酒と信じていました。義姉がお婆さんを騙していたのです。
  
  義母は主人が高校生の反抗期の時、高校生の主人に言われるままにビールを箱で買ってあげていたそうです。義父に内緒で。そのことは主人の友人数人から聞きました。『昔から、ここにくれば酒はあったものな。皆でよくここにタムロして酒を飲んだよな』
  
  酒を一滴も飲めない義母のせいではありません。しかし、ここにきて義母は酒という怖さを実感し、悔いているのだなと感じます。二人の子供がアル症になってしまったのを自分に非があったのだと悔いてきたようです。
  
  私は『そうだね。怖いね お酒は。でも大丈夫だよ。飲み過ぎなければいいんだから。あまり飲み過ぎないようにこれからも協力して見ていこうね』と答えるしかありませんでした。
  
  


週末=夫+お酒 投稿者:Junko
  2006年04月04日(火) 00時34分45秒

  この図式我が家です。2日のうち1日だけでしたが。この2週間飲まなかった彼ですが、飲まないといつ飲むのかなって思って又これが気になるのですよ。馬鹿みたいです。
  
  皆さんの大変な経験を何時も読んでいるのですが、私なんかに言える言葉なくて書き込みしていません。自分と夫が向かい会うだけで疲れちゃうのに、子供を守るお母さんたち・・・・本当にその心労はどんなものだろうと想像も出来ません。
  病気(癌)が有っても辞められない。それは夫の前の奥さんを見てつくづく思いました。夫の若い頃の友達にはそうやって命を落とした人が一杯いるそうです。この辺で・・って辞めれないこと、自分が一番分かっているんだろうに。もしそれを選ぶのなら、それはその人の人生だけど、家族は弱っていくアルコール依存症を見てなくちゃいけないんです。その苦しみは誰が分かるんだろう。素面で受け止めなくちゃいけない家族・・・私はれいさんが下さった、この場所が無かったら狂っちゃっていたかもしれない。
  
  ヒロミさん、私はヒロミさんほどの苦労をしてないと思います。そんな私に言えることでは無いけれど、ヒロミさんの成長(偉そうでごめんなさい)が素晴らしく眩しいです。力をもらっています。
  
  


こんにちは。 投稿者:あじさい
  2006年04月03日(月) 11時20分08秒

  4月、、、新しい年度が始まりました。
  私は今年も花見は車の中から桜並木を見てそれで終わりでした。
  もう昨日の雨で散り始めたでしょうか?
  皆さん大変な状況ですね・・・
  ヒロミさん、自分を見失わず日々の暮らしを大切にしたいと生活しておられる姿、すごいな、、、と思っていつも読ませていただいています。
  こんなことを私が言うのはおこがましいと思いますがすごい成長だと思います。
  
  ファンファンさん、そうなんですよね。私達はアル症者の「母」では無いですよね、でも彼らはいつでもいつでも誰かが守ってくれると思っているようです。
  私も何度も言ってました「私はあなたの母ではない・・・」優しさ求めてそれはまるで底の抜けた桶に手のひらで水を注ぐようなものでしょう。
  どんなにこちらが頑張っても大人になった今、自分の寂しさは自分の気持ちを変えて成長しないと埋まるものではないと言うことに気が付かないと、どうにもならないのでしょう。
  
  我が家も週末はお酒こそ飲まないけれど、私も夫も見事にスリップでした。
  夫は自分のやりたいことが進まず、私達に当り散らし、その一言一言に私は反応してしまい、、、何だか昨日一日グッタリ過ごしました。
  巻き込んで、巻き込まれて、振り回されている私、、、何も変っていないことにまざまざと気が付きました。
  
  私はわたしの第一のことに目を向けて進んでいかないと、、、と改めて考えた昨日の出来事でした。
  
  冬美さん、お嬢さんと楽しい京都旅行にして下さい。
  またお土産話聞かせてくださいね。


愛情・・・ 投稿者:ナオミ
  2006年04月03日(月) 05時25分17秒

  おはようございます。
  
  ファンファンさん 
  >私は 優しくできなかった。もう いいよと しか 言えませんでした。私が頑張れば 主人にお母さんのように優しくしてあげれば いいのかな?でも 私は 主人の お母さんじゃない。
  とっても良くわかります。よってもよっていなくても アル症思考になってきて 被害妄想に自分中心。最近は 我慢してやってるのにと我慢を爆発させて欲物を蹴ったりする主人。そして「俺の家族はそんなことはしない」「これがお前とお前たちの親の常識か」などという人に ついに私は心の中で「早く実家に帰ってお母さんと暮らせば!お酒も好きに飲めるし」と思ってしまいました。
  「離婚しても俺には一緒に子供を育てる人がいる」(おかあさん)だそうです。
  お義母さんは好きです。でも 本当に甘やかして育ててきた。人によってはこれがひとつの素因かもしれないと思ったりします。家族教室でそう話していた人がいましたけど。
  
  冬実さん 
  私も学生時代は 男の子顔負けに飲んでいました。飛び出したかった荒れた家庭で抑圧された心を解放させるように。
  思えば主人との付き合いで酒のない日はないですね。子供を産んで私が飲まなくなるまで。
  主人はよく「お前だって飲んでいたじゃないか。楽しんで。どうしてあの頃のままじゃいけないんだ」と。
  聞くのもいやです。もう大人 親です。
  わたしは あの頃も愛情だったのだろうか?慈しみ 互いを尊敬尊重しあう気持ち・・・あったかな?自分勝手な相手への思い込みで よってみていた夢だったんじゃないかって 思うこのごろです。
  
  でも 神様が与えてくれた 二人の間の子供たちを育てるという仕事・・・これをどうやりきるか。
  とても日々難しく 長い道のりです。
  神様に 心から頼って 今はそれしか思い浮かびません。
  
  ヒロミさん
  義妹さんのこと その彼のこと
  本当にヒロミさんの 愛に驚かされます。
  ハイヤーパワー 神様は ヒロミさんの気持ち 行い言葉 全てご存知です。
  神の恵みはすべての人にそして1日の休みもなく与えられています。
  ここで思い切り分かち合って 一緒に頑張りましょう!
  
  
  


お花見 投稿者:冬実
  2006年04月02日(日) 22時18分12秒

  こんばんは、皆さん。
  明日から娘と京都に遊びに行ってきます。家のこと考えず、春の京都を楽しんできます。娘と一緒だから、お寺ばかりじゃ、嫌われちゃうかもしれませんけど、私はお花でも見ながらのんび〜り、ぼ〜っとしたいです。
  
  ファンファンさん、家も一緒ですよ〜〜〜
  やっと、食事が出来るようになったと思ったら、又昨日の晩から飲みだしましたよ、どうなることやら・・・
  それについては、何にも言ってません、言う気もありません。
  
  9月に夫は学会で沖縄に行くそうです。今日、一緒に行こうよと誘われましたが、気がのりません。沖縄には行きたいけれど、気の会わない人と二人っきりは、どうしてもいやだなあって思う私は、もう愛情がないのかなあなんて自問自答していました。
  
  お花見で思い出したのですが、夫と結婚前、上野にお花見に行ったことがあります。駅前で日本酒1升とおつまみ買って、二人きりで細々、飲んでいたのですが、そのうちどこかの会社のお花見の会に合流して、酔っ払って大騒ぎして楽しんだことあります。
  あの頃、夫のお酒がちっとも嫌ではなかったのは、私も一緒に酔っ払っていたからだけではないような気がします。愛情があったんですね、あの頃は。
  いつから、噛み合わなくなってきたんだろう・・・
  年月が絆を強めていくのが普通なのに、私たちは年月がどんどん溝を深めて行くようです。悲しいなあ・・・
  
  
  
  
  


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